孤高の魂、天へ…

今朝のニュースで訃報を知りました。
フィンランドの名指揮者、パーヴォ・ベルグルンド氏が亡くなられました。享年82歳、ここ数年は病気療養されていたそうですが、今はただご冥福をお祈りするばかりです。

ベルグルンドと言えば、シベリウス。その逆もまた然りと言われるほど、フィンランドを代表する作曲家シベリウスの、絶対的なスペシャリストとしてその名声は揺るぎないものがありました。シベリウスの研究家としても著名であり、また独学で指揮を学んだことから、左手にタクトを持つことでも知られました。

シベリウスのスペシャリストでもあったことから、その演奏、録音活動もシベリウスが中心となっていて、交響曲の全集録音だけでも3回に及びます。私もご他聞に漏れず、その内の2回目に当たるヘルシンキ・フィルとの演奏の録音を所持しています。

ベルグルンドのシベリウス

一時期シベリウスに嵌っていたことがあり、他にもヤルヴィ指揮イェテボリ響、サラステ指揮フィンランド放送響、エールリンク指揮ストックホルム・フィル、ザンデルリンク指揮ベルリン響、コリンズ指揮ロンドン響と、ベルグルンドのそれと合わせて交響曲全集だけで6種所持していますが、それぞれに良い演奏ではあってもやはり、ベルグルンドのそれは頭一つ抜け出しています。と言うか、言葉では表現が難しいのですが、何か世界が違うように思います。

シベリウスという作曲家の作品は他の作曲家のそれとは明らかに世界が異なり、それ故に作品に対するアプローチもまた然りとなります。例えば有名な指揮者、カラヤンやバーンスタインらもシベリウスを演奏、録音していますが、指揮者やオーケストラの演奏の方が前に出すぎているきらいがあります。初期の1番や2番あたりならそうした解釈でも演奏効果が上がって、なかなかに聴き応えも出ますが、4番以降のいわゆる中〜後期の作品ではそうした「演奏行為の色」が「作品の色」を塗りつぶしてしまいがちになります。つまりはシベリウスの曲よりも、指揮者やオーケストラの方を感じさせてしまうというわけです。

そんな独特の世界観を最も自然に表現できたのが、ベルグルンドという指揮者でした。何というか聴いていても他とは「何か」が違うのです。それこそ言葉で表現はできないのですが、あえて言うなら「空気感」といったところでしょうか?

そんな素晴らしい演奏を長年に渡って送り届けてくれた巨匠。
ありがとうございました、ゆっくりとお休み下さい。
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